先回まで8回にわたり「ターゲットである生活者」の分析手法を説明してきました。何度も書いたように「ターゲット」の具体的なイメージをチーム内で共有することは商品企画から広告宣伝活動にいたる全ての活動で大変重要なことです。
ただし「ターゲット」の志向に合致していれば全てがOKというわけではありません。今回は、企画活動において押さえておくべきその他の要件について整理していきます。具体的には「競合環境」「社会環境」そして「流通環境」の3項目です。
まず「競合環境」についてです。
私が関係しているクルマ業界についていえば、かつて有名な競争がいくつかありました。最初は1960年代に「BC戦争」といわれたもので、Bは日産のブルーバード、Cはトヨタのコロナです。
日産のブルーバードは1959年、トヨタのコロナは1957年に発売された国産のミドルクラスの乗用車で、走行性能を売りにしたブルーバードに対して、コロナはデザインや装備で対抗し、1970年代までの数世代にわたり熾烈な販売競争を繰り広げました。
同じくトヨタのカローラと日産のサニーの販売競争も話題になりました。ともに1966年に発売された大衆車の先駆けともいえるクルマです。モノの本によれば、数ヶ月先に発売されたサニーの排気量(1000CC)の情報をトヨタが入手し、100CCプラスした1100CCに急遽変更し、広告でも「プラス100CC」の余裕と謳ったとも言われています。(真偽は定かではありませんが…)
競合他社の同種の商品のスペックを調べたり、新発売の情報を色んな手段で入手したりするのは今でも普通に行われていますよね。ただし現在のように消費が成熟し、生活者も色んな商品をすでに保有している時代の「競合環境」はもっと複雑になっています。具体的に言えば「商品の枠をこえた競合環境」が生まれてきたということです。
みんながクルマを買いたいと思っている時と違って、今やほとんどの家庭にクルマがあります。車検のタイミングが来た時に、お父さんは新しいクルマに買い換えたいと思っても、お母さんは車検を通してその分のお金で家のリフォームをしたいと思うかもしれませんし、娘さんはみんなで海外旅行に行こうと言うかもしれません。要するに、クルマを買うのと同規模の出費で買える全てのモノ〜アクティビティが競合商品なのです。
そんな時代には、もはや「競合者より100CC排気量が大きい」というだけでは勝ち抜くことはできません。単なる商品スペックをこえて、「その商品(またはサービス)を購入することにより、他の商品(またはサービス)よりいかに素敵な生活を実現できるのか」がポイントになってきます。今の時代に商品スペック中心で比較される商品など、iPhoneとAndroid携帯くらいじゃないでしょうか。
ソニーの創業者である井深大さんは、部下が新商品のアイデアを持ってきて、一生懸命に性能・機能を説明した後に、「ところで、この商品のフィロソフィーは何ですか?」と聞いたそうです。フィロソフィーとはもちろん「哲学」という意味ですが、井深さんは「この商品を世に送り出した時、世の中をどのように変えたいのですか?」という意味で聞かれたのだそうです。偏狭な商品スペック比較にだけとらわれている企画担当者やその上司の方々はぜひ覚えておいてほしいエピソードです。
次に「社会環境」です。具体的には「法律」や「経済動向」などの外的要因の変化のことです。
例えば、消費税が10%に上がれば、生活者の価格志向は総じて上がりますし、逆に家電の「エコポイント」や「エコカー減税」などが実施されれば、対象となった商品に特需が発生します。円高になれば海外旅行の需要は増えますし、石油の価格が上がれば低燃費車が売れたりします。金利が下がれば住宅需要は増え、上がれば金融商品の魅力が高まります。
もちろん「景気」も大きな影響があります。景気が悪くなって給料が下げればモノ自体が売れなくなりますが、中には景気が悪くなれば逆に良くなる業種もあります。昔から言われているのは「パチンコ」ですね。家の近くで気軽に遊べて、あわよくば金を儲けてやろう…と考えるからでしょうか。
最近の例で言えば、「横丁」が流行っていると昨日のテレビ番組でやってました。不景気が長引き、安価な居酒屋チェーンに飽きたサラリーマンが集まっているそうです。
社会環境の変化については、自らの商品に関係する分野だけでなく、前述の競合分野も含めてどのような影響を及ぼすのかを幅広く検討しておく必要があります。
私の友人が某石油メジャーの方とスマートグリッドについて話をした際、友人が「生活者にとってのメリットは何なんですか?」と聞いたそうです。それに対する先方の答えは「日本人の多くから同じ質問をされましたが、そんなことは関係ありません。アメリカ政府がやるんだから需要はつくられるんです…」ということだったそうです。私は生活者の大切さについて何度も書いてきましたが、現実には社会環境だけで生じるマーケットもあります。スマートグリッドほどではありませんが、「地デジ化」によるテレビの買換え需要もそうですね。今のテレビでも十分と思ってる人もいると思うんですが…
最後は「流通環境」です。ここでは「コンビニ」と「ネットショッピング」によって需要が創造された例を説明します。
コンビニエンスストア、通称「コンビニ」が日本で普及しはじめたのは1970年代の後半あたりからでしょうか。(セブンイレブンの第1号店は1974年に東京都江東区にオープンしました)
現在の店舗数は43500店で、2008年にはデパートの売り上げをこえ、日本最大の小売業になっています。コンビニができた当初は、昼間買い物ができない一人暮らしのサラリーマンやOLをターゲットに想定していたそうですが、実際には(遠くに買い物に行きにくい)お年寄りや、若者のコミュニケーションの場としてもなくてはならない場所になっています。
コンビニという流通形態が出現したおかげで、今までになかった需要が発生しました。例えば「おにぎり」です。私が小さい頃は「おにぎり」といえばお母さんが作ってくれるものでしたが、今や「おにぎり」といえばコンビニで買うものですよね。その他、ちょっと寄った際に思わず買ってしまうような魅力的な商品がホントにそろってますよね。
安い価格で買いたければスーパマーケットやディスカウントストアに行けばいいのですが、食品、日用品、または雑誌まで、色んな商品がコンパクトに揃えられたコンビニは一種のアミューズメントスペースでもあり、商品がヒットするにはコンビニで売れないとダメ…という時代になっています。
次に「ネットショッピング」です。これが起こしたことは「ロングテール」ですよね。
「ロングテール(恐竜のシッポの部分)」という言葉は、「アマゾン」が出てきた時から注目されるようになった言葉です。
従来のビジネスでは「売れ筋の商品は全体の2割程度であり、それが売り上げの約8割を占める(パレートの法則、通称2:8の法則)」が常識になっていましたが、アマゾンは、従来はビジネスにあまり貢献しなかった残りの8割の商品群(ロングテール)を在庫の集中管理とネット販売で儲かるようにしたと言われています。
命名者はWIREDという雑誌の編集長であるクリス・アンダーソン氏で、当初はアマゾンのロングテールでの売り上げが57%と言っていたのが、途中で36%に修正したので、一部から「ロングテールなんて嘘だ…」という議論が巻き起こりました。ただし36%でも十分すごいと思います。今まではほとんど売れなかったんだから…
ネットショッピングは今まで日の当たらなかった商品(ロングテール)にチャンスを与えましたが、同じように日の当たらなかった会社にもビジネスの機会を増やしましたし、その結果大手の流通業やメーカーにも甚大な影響を与えたように思います。
例えば、私も含めて「価格.COM」を使っている人は多いと思いますが、安い家電をネットで売ってるところは聞いたこともない会社が多いですよね。そのままネットで発注してもいいですし、その価格をプリントアウトしてヤマダ電機で値引きに使うこともできます。結局苦しむのはメーカーの営業マンだったりするのですが…
要するに、今までは限られた場所(例えばデパート)で、限られた売れ筋商品(全体の2割)が中心であった市場から、近所のコンビニや自宅のPCといった多様な入り口が提供されるようになり、今までは存在すら知られなかった商品も探して買えるようになってきました。従来はメーカーが主導権を握っていた価格や商品供給が、流通業界や生活者に主導権が移ってきたということです。
流通環境については、PB(プライベート・ブランド)の話や、ネットショッピングの分野では個人売買の話などまだまだ書きたいことはありますが、今日は未だに根強い人気がある「テレビ通販」についてのエピソードで終わりにしたいと思います。あの「ジャパネットタカタ」の高田社長についての話ですが、私の知っている某家電会社の営業マンの方が以下のようなことを言っていました。
「高田社長がうちの商品を説明すると、自分たちでも買いたくなるんですよ。顧客の視点で商品のポイントをうまくつかんで、ホントに魅力的に分かりやすく説明してくれるんです…」
私も含めたマーケターとしては耳の痛い話ですね。